元・不登校でも、幸せです

元・不登校が、不登校支援のNPO設立!? 「ゆとりある」代表くげぬまによる個人ブログです。

適応指導教室の話 ~その3 補助指導員としての経験~

こんにちは!

 

不登校だった人、くげぬまです!

 

 

さて、ワクチン接種の話からまた少し時間を置いてになってしまいましたが、、、

 

今日は適応指導教室の話をもう少ししたいと思っています。

 

 

私が適応指導教室(小学校)に通っていたのは、小4~小6にかけて。

 

小学校6年生、2007年3月に卒業したことになります。

 

 

 

そこから10年以上の時を重ねた2016年春、、、

 

まさかの転機が訪れます。

 

 

 

2016年は私が22歳になる年でした。

 

この頃になると「不登校支援」という夢が生まれて、

 

少しずつ動き出そうかな、という時期でした。

 

 

 

不登校に関わる活動がしたいということを、

 

私が小学生時代に適応指導教室で大変お世話になった心理士の女性に打ち明けてみました。

 

そしたら帰ってきた言葉は、、、

 

適応指導教室で働いてみれば?

 

というまさかのものでした。

 

 

 

彼女は同じ市内で別の場所にある、中学生が通う適応指導教室に配属が変わっていました。

 

しかし、小学校の方とも密に連絡を取り合っていて、すぐにそちらの担当の心理士さんに連絡を入れてくれました。

 

 

 

そこからとんとん拍子に物事は進み、、、

 

晴れて「補助指導員」という立場で、適応指導教室で働くことになったのです。

 

 

 

結果として、一昨年度末(2020年3月)までお世話になるのですが、

 

本当に本当に、ものすごく大きな経験になりました。

 

 

 

最初にこのお話を頂いたときに、唯一心理士の女性が気にしていたことは、

 

「あなたにとって大切な場所だと思うから、それが揺らぐような辛い思いはしてほしくない」

 

ということでした。

 

子ども相手で何があるかわからない仕事なので、

 

もし傷つくようなことがあって、適応指導教室自体を嫌いになるようなことがあってほしくないということだったのだと思います。

 

 

 

ただ、そんな心配は全くいらないくらい楽しくて(笑)

 

 

 

「教える」という立場とは少し違ったのですが、

 

遊びをはじめ、とにかく子どもたちと全力で向き合うことを教えてもらいました。

 

全力すぎて空回りすることもありましたけどね(汗)

 

そういうことも含めて、とても大きな経験だったのだと思います!

 

 

 

そして、不登校を経験し、適応指導教室で過ごした時期も経験して、

 

そんなことを乗り越えながら、その場所で働く自分の姿を見て、

 

何かを感じてくれているのかはわかりませんが、慕ってくれるような子も年に1人くらいいて、

 

すごく嬉しい気持ちと共に、やっていて良かったなと思える瞬間でもありました。

 

 

 

そしてそのうちの一人の話が、またその後も続いていくわけですが、、、

 

今日のところはこの辺で!笑

またタイミングを見計らって投稿しますね。

 

 

 

最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

 

 

ワクチン2回目接種してきました ~副反応の記録~

こんにちは!

 

不登校だった人、くげぬまです!

 

 

 

適応指導教室の話がまだ途中ではあるのですが、

 

もう少し続くと思うので、また後日更新しますね。

 

 

 

一昨日8/5(木)に、

 

2回目の新型コロナウイルスワクチン接種をしてきました。

 

父親の会社の職域接種を受けられるとのことだったので、

 

7月初旬の1回目に引き続き、父・母・自分の3人で、神奈川県の会場まで受けに行きました。

 

ちなみに社会人1年目の妹はしばらく経ってから受けるとのこと。

 

 

 

職域接種なので、モデルナのワクチンだったわけですが、

 

1回目の副反応は接種直後の腕の痛みと、約1週間後の接種箇所の軽い腫れのみ。

 

2回目は強めの副反応が出るとの話があったのでかなりビクビクしながら打ちに行きました。

 

 

 

結果として副反応は、37.5度程度の微熱と、軽い頭痛と関節痛のみ。

 

そこまで強い副反応は出ませんでした。

 

2日が経った今日はほんの少しだけ平熱より高いかな?程度の体温と、かるーい頭の痛み(と言うより違和感)という感じです。

 

 

 

ただ、母親はかなり副反応に苦しみまして、

 

約39.5度の熱と、それに伴う悪寒や幻聴も聞こえたそうです。

 

父親はそこまでではないものの、自分よりは少し重めの副反応が出たとのこと。

 

副反応が軽いとしても、身体のダルさとかも考えると、やはり2回目接種の翌日は何も予定を入れないのがいいのかもしれませんね。

 

 

 

今日の記事は日記というか記録的な意味も含めて、

 

もし皆さんにも何か参考になればと思い書かせてもらいました。

 

ワクチンを打ったからと言って油断せずに、

 

感染症対策には万全を期していきたいですね。

 

 

 

本日も最後まで読んでいただき、ありがとうございました!

 

 

適応指導教室の話 ~その2 生徒として学んだこと編~

こんにちは!

 

不登校だった人、くげぬまです!

 

 

 

今日は、自分が小学生時代に通っていた適応指導教室で学んだことをテーマに記事を書いていこうと思います。

 

昨日の記事で、適応指導教室では基礎・基本を学んだと書いたと思います。

 

その基礎・基本ってなんだろうというところを少し掘り下げていきます。

 

 

 

細かく話していくとおそらくたくさん書きたいことがあると思いますが、

 

今日は大きく2つの事柄を紹介していきます。

 

 

 

 

まず1つ目は、人間関係の大切さを学べたことが大きいですね。

 

挨拶とか、他人を物理的にも精神的にも傷つけないとか、、、

 

本当に生きるにあたって基本的なことですね(笑)

 

 

 

でも、3年生の途中で学校に行けなくなって、

 

元気も失われていっていた自分にとっては、

 

本当に大きなことだったと思います。

 

 

 

物理的に他人を傷つけるといっても、決して暴力を振るっていたわけではないですけど、

 

ふざけてじゃれ合って人を叩くにしても、その加減もわからなかったんですよね。

 

当然5年生くらいの男子ともなると、それなりに力は強くなるのに、

 

そんなこともわからず友達や先生たちを叩いたりとか、

 

そんなこともありました。

 

 

 

よくわからないままに酷いことを言ったり、

 

暴言を吐いていたりもしていたと思います。

 

 

 

とにかく、人が傷つく加減が何もわからなかったような気がしています。

 

それを、自分自身も傷つきながらも、徐々に成長させてくれた。

 

まずはひとつ大きなことだったと思います。

 

 

 

 

もう1つ、全力で取り組むことを学んだような気がしています。

 

全力で取り組むっていっても、ほぼほぼ遊び面ですね。

 

9割以上は全力で遊ぶことと言ってもいいと思います(笑)

 

 

でもこれって、すごく大切だと思うんですよね。

 

子ども同士だけでなく、先生たちなど大人も混ざって、

 

忖度なし全力プレーで遊んでた記憶があります。

 

 

 

ごっことか、ドッジボールとか身体を動かすこと、

 

トランプや人生ゲームなどのアナログゲーム

 

ちょっとしたPCゲームもあったような、、

 

全部勝ちたいので真剣にやってましたからね(笑)

 

 

 

でも、何より楽しむことが大事ってことをみんながわかっていて、

 

学年によって、性別によって、その生徒のやる気によって、

 

ハンデをつけたり、みんなが楽しめるような工夫をしたり。

 

とにかく全力で楽しむための工夫は惜しまなかった思い出があります!

 

 

 

みんな全力すぎて、遊びに使うビーチボールが1日1個くらい割れて無くなっていた記憶もあります(笑)

 

そこで子どもらしくというか、人間として大切なものを学んだのだなと、今になって心から思います!

 

 

 

当時はただただ楽しく遊んでただけで、学びになってるなんてほんの1ミリも思わなかったですけど、

 

遊ぶことって本当に子どもの成長に繋がるんだなと感じますね!

 

そのために、自分らしさを認めてくれた先生方や心理士さんには感謝しきれないくらい感謝しています。

 

皆さんの心の広さと優しさが今に繋がっていますからね。

 

 

 

少し長くなってしまいましたが、

 

小学生時代に学んだこと、伝わりましたでしょうか??

 

明日は、約10年の時を経て、スタッフとして戻った時の話をしたいと思っています!

 

 

最後まで読んでいただき、ありがとうございました!

適応指導教室の話 ~その1 通い始め編~

こんにちは!

 

不登校だった人、くげぬまです!

 

 

今日の記事は、

 

小学生時代に通っていて、

 

20歳を過ぎてからしばらく補助指導員として働いていた、

 

適応指導教室の話を書こうと思います。

 

 

 

私が適応指導教室にたどり着いたのは小学4年の3学期だったと記憶しています。

 

在籍校に通えなくなったのが、小学3年の秋頃なので、

 

不登校になってから約1年強が経った頃ですね。

 

 

 

最初通い始めた頃は、自分より2つ年上の、6年生の女の子が多く通っていて、

 

正直ビビり散らかしてましたね(笑)

 

特になにをするでもなく、

 

誰もいない部屋で1人ボーッと突っ立っていた記憶があります。

 

でもそれがひとつの始まりであり、大きな経験の第1歩でした。

 

最初は居心地がいいとかそれどころじゃなかったですけど、

 

1人で何もしない自分を認めてくれたのが大きかったですね。

 

家で何もせず暇してるよりは刺激があったのだと思います←

 

 

 

5年生になると、少しずつ適応指導教室が自分の安心出来る居場所になっていました。

 

なにをしたのか、どんな事を学んだかなど、詳しいことは次のブログ記事にまとめようと思いますが、

 

それはもうとっても大きな経験であり財産でした。

 

小6の卒業まで、通える日はほぼ毎日通っていたというのが、その頃の楽しさを物語っていると思います。

 

 

 

 

とはいえ、おそらく楽しかった事ばかりではないと思うし、

 

教科の勉強に対してアレルギーのように感じてしまうキッカケになったりもしましたが、、笑(←このことについてはまた今度お話しますね)

 

 

 

今こうしてそれなりに幸せに生きていられるのも、

 

ここで生きるにあたっての基礎・基本を身につけられたからだと思っています。

 

 

 

小学3年生で止まってしまった時計の針が、

 

再び動き出したかのような感覚ですね。

 

 

 

ちなみに今日からしばらく適応指導教室の話シリーズが続く予定です!笑

 

明日更新(多分)の記事では、

 

この適応指導教室での楽しかった体験、学んだことなどを詳しく書いてみようと思います!

 

 

 

最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

 

 

今現在の悩み事 ~正直な話~

こんにちは!

 

不登校だった人、くげぬまです!

 

 

 

今日のタイトルは「今現在の悩み事」です。

 

このブログ自体のタイトルは、「元・不登校でも、幸せです」なわけですが、

 

そんな毎日幸せ!ハッピー!!というわけなんてなくて。

 

毎日悩んだり心配事があったりしながらも、「それなり」に生きてるわけです。

 

全部トータルしたら幸せだし、

 

元・不登校だからといって不幸じゃないんだよ!という想いを込めて名前をつけました。

 

 

 

それで、今現在の悩み事,,,

 

まあ色々とあるんですけれども、ぶっちゃけて言うと、

 

「お金が無いこと」ですかね(苦笑)

 

もう少ししっかり言うと、「個人で使える自由なお金が無い」ということです。

 

 

 

自分の団体には少ないながら潰れない程度のお金はあるんですけど、直接団体から自分個人に入るような状態ではなくて、

 

バイトもしたりはしてるのですが、

 

団体運営に必要な時間や人と会う時間を作るために、

 

固定の時間では入ることは避けて、

 

スポット派遣の仕事をしています。

 

 

 

NPO団体代表っていう肩書きはあるんですけど、

 

実情はただのフリーターみたいな感じなんですよね(汗)

 

 

 

 

本当はもっともっと団体の事業を広めて、

 

そこでもう少し報酬を得られるようにしなければいけないのですが。

 

そこは自分の実力不足もあり、もうちょっと時間がかかるかもしれません。

 

 

 

愚痴っぽいブログになってしまい申し訳ないのですが、

 

なんとかもうちょっと稼ぎが出るように、頑張っていきます!笑

 

今日も最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

夏の恒例行事 ~市役所での手続き~

こんにちは!

不登校だった人、くげぬまです!

 

 

昨日は活動報告の記事を間違えて同日同時刻に投稿してしまいました(汗

 

少し見づらくなってしまい申し訳ございませんでした。

 

 

 

 

今日は活動報告とはちょっと違って、完全に個人的な事なのですが、

 

今週の火曜日お昼ごろ、自分の住んでいる立川市の市役所まで足を運んできました。

 

自立支援医療(精神通院医療)」の更新手続きをするためです。

 

制度の詳細については下記リンクをご覧いただければと思うのですが、

 

自立支援医療(精神通院医療)について 東京都福祉保健局

 

簡単に言えば、精神科・心療内科に通う際の自己負担を軽減する制度です。

 

 

今それなりに落ち着いて生活できているとはいえ、

 

昔から続く精神面での波や、発達の課題に伴う治療が未だに必要な部分があります。

 

適切な治療と服薬があるからこそ、今落ち着いて生きていられると言ってもいいのかもしれません。

 

 

 

そのこと自体を何か負い目に感じてしまったりすることは特にないのですが、

 

この制度を更新する為に毎年通うのが、市役所の「障害福祉課」です。

 

少し前まではここに行くたびに、「あぁ、自分は障害者なのか…」って思うことが、

 

ほんの少しだけありました。

 

 

 

別に障害を持つ方に偏見があったりとか、そういうわけでは全くないとしても、

 

なんだか考えてしまうときがあるんですよね。

 

 

 

でも毎年更新のために通うごとにそんな風に思うことは少しずつ軽くなっていって、

 

期限の関係で毎年夏に行くため、今は「暑くてめんどくさいな」っていう感情が勝つようになりました(笑)

 

 

 

別にこの記事は独り言なんで言いたいこととかテーマはないんですけど(苦笑)

 

治療と服薬のおかげで毎日それなりに生きられていることに感謝ですね!

 

 

 

本日も最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

 

活動報告 ~進路学習会編~

こんにちは!

 

不登校だった人、くげぬまです!

 

 

少し日にちの順番は前後しますが、

 

今回もまた個人の活動報告をさせてもらえればと思います。

 

 

以前紹介した、居場所作りと親の会を行っている「ロビンソン」が主催する「進路学習会」が、7/23金曜日(祝日)に行われました!

 

JR青梅線東青梅駅が最寄りの、青梅市福祉センターで行われたのですが、

 

午前・午後の部共に45名の定員がいっぱいに!

 

実は自分も普通に参加しようと思って申し込んだら、

 

定員いっぱいでスタッフとして参加することになったのでした。

 

無理やりねじ込んでもらって申し訳なかったです…

 

 

この会は、主に中学校卒業後の進路について、

 

定時制高校教員、元適応指導教室指導員の先生方のお話を聞いたり、

 

当事者の青年の体験談を聞いたりできるイベントになっています。

 

実は自分も2年前のこのイベントで経験者としてお話をさせてもらってます。

 

そこから今に繋がる出会いがあったり、非常にきっかけとなるイベントでした。

 

 

このイベントの内容は本当に素晴らしいもので、

 

進路への不安や疑問を一つずつ解決するのに非常に役立つイベントだと思います。

 

 

個人的にこの会を通じて思ったことは、

 

スタッフとして、100名近い方に参加して頂きとても嬉しい気持ちがあって、

 

アンケートを見てもその方たちの多くが満足して帰ってくれたことに、重ねて嬉しい気持ちがある一方で、

 

青梅市近隣の方たちだけでもこれだけ進路について悩まれている方たちがいて、

 

きっと目に見えない(把握できていない)人たちはもっともっといるのだろうなと。

 

とっても深刻な問題があるのではないかと感じました。

 

 

だからこそ、ロビンソンや近隣の親の会をはじめ、

 

自分たち団体ももっともっと頑張って、いい社会を作らなければいけないなと。

 

 

ただ、この進路学習会、テーマとしては少し重いものなのかもしれないのですが、

 

終始すごくいい雰囲気で進行しているのですね。

 

きっとこういう会が増えていくことで、より生きやすい未来が待っているのではないかなと思いました。

 

 

 

今日も最後まで読んでいただき、ありがとうございました。